これからの時代、印鑑の持つ意味

考察
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三文判ですむ押印は意味がない

最近とある大臣が ”行政手続きにハンコを使用するのをやめる” と発言したようだが、これ、本当に必要なことだと思う。
はっきり言ってただの儀式化している意味のない押印が、世の中多すぎ。

私は昔とある企業で経理をやっていたことがあって、伝票を起こすのに上司の承認印が必要だったのだが、一枚一枚にハンコを押す作業を嫌がったこの上司は自分の名前のシャチハタをもう一つ作って
「自由に使って(代わりに押して)」
と私に持たせていたからね、全く持って ”本人確認” の意味を成していなかった。

誰でも手に入るようなシャチハタでもOKなんていう押印は、むしろ不正の元になるから一刻でも早く止めるべきだと常々思ってきた。

しかし、ようやく世の中が ”脱三文判” の方向へ舵を切り出したようで嬉しく思う一方、また一つの時代が終わったような感じがして寂しい気もする。

昔ながらの文化が消えるのは寂しい

子供の頃よく遊んでいた電車ごっこ。
紙を切符の形に切っては駅員さん役の子が穴あけパンチでその紙に穴を開けていた。

当時は猛烈なスピードで次から次へと切符にハサミを(改札ハサミ ) 入れていく駅員さんがかっこよく見えて、時間を見つけては穴あけパンチを早くカチャカチャやる練習したりしてたっけ。

お買い物ごっこの時は商品の値段を一つ一つおもちゃのレジに打ち込んでいって、最後に『合計』だったかな、他よりもひとまわり大きなボタンを押すと ”チーン!” って大きな音と共にお金を収納しているトレーが勢いよく飛び出てくるのが楽しかったのを覚えている。

例えプラスチックでできた偽物のコインでもたくさん集めるのが子供ながらに喜びだったんだけど、おそらく近い将来紙幣や硬貨は姿を消していってスマホやPC上の数字が全てになるでしょうからね、そんな感覚も未来の子供たちはなくなることでしょう。

ハンコだってそうだ。

生き残るハンコといえば、同じものが二つとないデザインに拘って何かの記念に作ったものとか、実印だけで、今の子供達も大人になったら

「え?シャチハタってなんっすか?名古屋城の上に乗っかってる魚?」

とか言うようになっちゃうんだろうな・・・

未来の子供たちのごっこ遊びってどんな風になっていくんだろう?

電車ごっこは・・・ピッ
お買い物ごっこも・・・ピッ
もしくはネットショッピングで・・・ポチッ?

なんか子供の遊びまで効率よくなっちゃいそう。

良品は末長く伝えられるべき

効率が悪く実用的でなくなってしまったかもしれないけれど、やっぱり昔のものには良さもあると思う。
おそらく私と同じ考えの人も多いのでは?

だからこそ今ではほとんど使われることがないはずの改札ハサミ だって未だにイベント用に販売されているし、子供用のお金の概念が学べるドリルなども通販で人気があるようだ。

年齢を問わず人間は形は変えたとしてもお金が好きですからね、カードや電子決済がメインの世の中になっても子供にはこういう教材の方がやる気が出るのでは?

ハンコもきっとそう。

仕事などで意味もなくバカバカ押すことはなくなるだろうけど、印鑑の文化はこれからも長く生き続けるはず。

象牙や宝石を使用したり職人技の光る彫刻を施した印鑑はもはや芸術品
和の骨董品や掛け軸や絵画なども、押された印鑑を含めて一つの作品になっている。

成功運・金運・仕事運などを高めると言われるメノウ
記憶力や集中力を高めるというわれる翡翠
薄いピンクや紫や青など様々な色で、目ていると吸い込まれてしまいそうな水晶

所持しているとその人に力をもたらすと言われている宝石を使用した印鑑などは、コレクションしたくなるほど美しい。

これからは ”ここぞ!” と言う場面で使用されることになるであろう印鑑は、きっと個性を表すジュエリーとかアクセサリー的な役割を果たすようになるのではないだろうか。


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