世の中のために自分にできることってなんだろう?

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世の中のために自分にできること

今回のコロナの騒動で私が一番強く感じたのが『自分の無力さ』
ワクチンを開発する能力もなければ、感染した人を治療する知識もない。
防護服やマスクなどを生産する術も知らないので、自分にできることといえば少しでも感染を広げないようにするため、自宅でおとなしくしていることくらい。
いい歳した大人なのに何一つ世の中に役に立つことができずに心苦しく思う一方、最前線で治療にあたる医療従事者や、世界中で不眠不休で働いているのであろうワクチン開発に携わる研究者の方々が眩しく見えた。

教育が世界を救う

自分とこういった人との違いを作ったのは、やはり受けてきた教育の違いだろう。
しっかりとした義務教育を受けた後、たくさんの選択肢の中から自分の将来を決める進路を選ぶことができる日本社会で、今のこのコロナ渦で活躍しているのは医療や科学の分野を選択肢した人が多いのではないだろうか。

日本だけでなく世界に目を向けた時、ワクチンの開発や治療法で一歩先を行っているのは先進国と呼ばれ、ほとんどの国民が安定した教育を受けて自分の未来を自分の意思で選択できる環境にある国が多い。
子供の頃から教育をしっかりと受けてきた彼ら/彼女らが大人になった今力を発揮し、大ピンチに陥っている世界を救おうとしているのだ。

世界を動かすのも、救うのも人間。
そしてその人間を作る大きな要素が教育なのだ。

教育が受けられないが故に埋もれた才能

いくら大きな夢や優れた能力があったとしても、貧困や紛争などのせいでまともな教育が受けられなかった子供は、力を発揮することなくその一生を密かに終えるだけだ。
私のように文学の道を好んで選択したならまだしも、志があって能力もあったのにそれを発揮する機会すら与えてもらえなかった子供の気持ちを思うと、胸が押し潰されそうになる。
日本に住んでいるとなかなか実感しづらいが、現実として将来の選択肢も与えられないような不遇な環境に生まれる子はいまだに多く、幼稚園くらいの年頃の子がゴミの中からまだ使えそうなものをあさる仕事をしたり、多くの幼い子供が体に悪いとわかっていながらも泥水を飲んだりして生きている。

2018年のユニセフ(国連児童基金)が発表した報告書によると、世界で学校に通っていない5歳から17歳の子どもの数は3億300万人で、その3分の1以上に相当する1億400万人は紛争や自然災害の影響を受ける国に暮らしているそうだ。
日本の総人口が1億2千万強と考えるとその人数の多さに驚愕してしまうが、逆に考えると、もしこの子供たちが全員教育が受けられるようになったらどれだけのパワーが生み出されるのか
未だ見出されていないだけの有能な人材が、一体どれだけこの中に埋もれてしまっているのか。

疫病には国境など関係しないことがコロナの流行で痛いほど身に染みてわかったことだし、今後もやってくるであろう温暖化や食料問題などの世界的な問題に立ち向かうためにも、世界中の子供に教育の機会を与えることは先進国の国民である私たちの喫緊の課題ではないだろうか。

子は宝というが、まさしく世界中の教育を受けられていない子供たちは文字通り宝の山だ。
彼ら/彼女らが豊かな暮らしを手に入れ、能力を生かすことができるようにしてあげることが、今無力感を感じている私にできるせめてもの貢献なのではないだろうか。
歳をとってしまった自分には直接世の中の力になることはできないけれど、間接的に能力のある人を助けることで自分にも存在価値が生まれるのではないだろうか。
こう考えた私は、母が昔から後進国の子供に送金していたのを思い出し、私も同じところから寄付をすることにした。
>>1日あたり150円の支援で発展途上国の子供たちに「希望」を

簡単にできる寄付で誰かの人生を変えることができる

キリスト教精神に基づいて緊急人道支援、開発援助、政策提言を行うワールド・ビジョンは、1950年にアメリカ合衆国で設立された国際NGO。
ここを通じてチャイルドスポンサーシップという寄付(日額¥150)をした母の元には、定期的に寄付を受け取った子供からお手紙が届いていて、それを母は嬉しそうに読んでいたのを覚えている。
長年母が利用しているから心配はしていないけど、念のためネットで調べてみると会計報告は、WEBサイトに公開されているし、国税庁より「認定NPO法人」に認定されているので安心だ。

月額にすると¥4,500だから、私の外食一回分くらいだ。
私が一回外食を控えることで優秀な子供が一人でも能力を発揮する機会が得られるならこれほど嬉しいことはない。

私がしたことといえば画面上を操作してポチったくらいだが、その瞬間から少し自分の中の罪悪感・無力感が薄れた気がした。
私は “自分に存在価値は何もない”、”世の中の苦しんでいる人たちを助けてあげることは何もせず、ただのうのうと生きているだけ“ の人間だという罪悪感があったが、寄付したという事実によって、学習の機会を得た子供が無力な私の代わりに将来世界で活躍してくれる姿を想像できるようになり、前向きな気持ちになれるようになった気がする。
自分も少しは人の役に立てたのかな、と。
こんな簡単な動作で子供に教育の場を提供する機会を作ってくれた、ワールド・ビジョンの運営をしてくれている人にも感謝したい。

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