究極の愛【ぬれ煎餅】

考察
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なぜ人は食べ物を与えるのか

おじいちゃんおばあちゃんにとって孫とは、目に入れても痛くないというほどかわいい存在。
夏休みやお正月の休暇を利用して遊びに来る孫には、その子がいくつになっても食べ切れないほどのおやつを用意し、ご飯前だろうが寝る直前だろうが関係なしに
「ほら、お食べ」
と言って食べさせようとする。

また、ふれあい動物園ではお決まりのように1パック200円くらいで小動物にあげられる餌が販売されている。
それらを見つけた子供たちはもれなく親に
「買ってー!」
とせがみ、大事そうに少しずつ少しずつ、お気に入りの動物の口元に持っていってあげて、食べるところを見てきゃっきゃっと喜ぶのだ。

これらの事例からもわかるように、どうやら人間というものは、愛おしい存在にはものを食べさせたくなる習性があるらしい。

うちの場合

最近スーパーで見かけるようになった『仙七 ぬれせんべい 久助 』。
今時若者受けしそうな派手なパッケージの米菓ばかりが並ぶスーパーの陳列棚で、逆に昭和感丸出しの地味な包装が目を引いた、いかにも売れなさそうなこのぬれ煎餅。
まんまと私の中の”弱いものは助けてあげなくちゃ”精神が刺激され、気づけば一袋手に取り、買い物かごに入れてしまっていた。

正直なところ私はお煎餅というものにあまり魅力を感じたことはなく、自分でお金を出して買ったのはおそらく数年ぶり。
ぬれ煎餅に至っては10年以上食べていないかもしれなかった。
そんな私がなぜ久助には事前の情報も何も持ち合わせていなかったのに、吸い込まれるように手を伸ばしたのか?
理由はともあれ、ここから私のぬれ煎餅中毒生活は始まってしまった。

ぬれ煎餅 久助中毒

その夜、私はいつものようにパパさんと電話で通話しながら晩酌をしていたのだが、つまみが切れたことに気づき、久助を開封した。

どれどれ、(つまんでみて)思ったより薄いのね。持った感じ醤油で手がベタベタすることもないし、食べやすい。

ぱくっ・・・醤油と砂糖の塩梅が絶妙!

パリパリした食感のところと醤油が染みてモチモチした食感のところの割合がバランスが良くてあきがこない=止まらない!

お煎餅ってこんなに美味しいものだったっけ???

電話口の向こうのパパさんの存在を忘れてひたすら久助を食べ続け、あっという間に一袋(9枚)平らげてしまった。
これがまたいい感じの塩分なもので、お酒の進むこと進むこと。
同じくお酒が大好きだけど、あいにく現在海外にいるためおいしいぬれ煎餅も焼酎も手に入らないパパさんには申し訳ないなとは思いつつ、めっちゃ自慢してやったよね。

焼酎と久助のぬれ煎餅、サイコーに美味しいぞ!!!

って。
素晴らしい食に出会えた時ほど、日本人に生まれて本当に良かったって思える瞬間はない。

愛が届いた

この電話から数日後、”ピンポーン、お届け物でーす”って身に覚えのない段ボールが届いた。
送り主はパパさん。

>>仙七 ぬれ煎餅 久助

だった。
段ボール開封したら、パパさんからのが詰まっていた。

記念日に指輪をもらうとか、メッセージ付きの花束をもらうとか、そういうのももちろんいいんだけど、こういう何気ないのが心にずしっとくる。
歩いて数分のスーパーにいけば手に入るのに、私が美味しい美味しいって言っていたのを覚えてくれていたという気持ちが何より嬉しい。
段ボール一箱分、パパの愛を噛みしめながらありがたく全部頂戴しました。


で、おかげで今ではすっかり久助中毒。
ストックがないと不安でいたたまれなくなるほど。
塩分取りすぎで死んじゃうかも。



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