人生を好転させるのに必要なたった一つのこと

考察
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同窓会

ジージー窓の外で鳴くセミの声で起床した朝、私はまずカーテンを開け、すでに目に痛いほどの強さになっていた日差しを浴びた。
そして洗面所へ移動し、自分の顔をチェックする。
普段なら多少浮腫んでいようがいまいが、どうせ時間と共に引いてくるので構わなかったが、今日は大学の同窓会。
無駄足掻きとは思いつつマッサージなんてしてみたりした。
できれば久しぶりに会う友人たちに「うわ、老けたね」と思ってもらいたくないというオバサンゴコロ。

”これくらいならまあ、許容範囲かな”
と自分を納得させ、朝ごはんもそこそこに私は準備に取り掛かった。
普段は着ないようなキチッとした服装に、メイクもいつも以上に念入りに。

出かけたのは都内の某有名ホテル。
ロビーにはデカデカと”○○同窓会 御一行様”と看板が掲げてあり、そのあまりの目立ちっぷりにそちらの方へ向かうのが一瞬気恥ずかしいような気もしたが、”もしかしたら誰かに見られているかもしれない””今ここを目がけて友人知人が日本全国から一斉に向かっているんだから”、と気を取り直し看板に示された方向へ向かう。

開けた瞬間にみんなの視線がこちらへ注がれるのが嫌だったので、”会場のドアは開いていて欲しい・・・!”と心の中で願っていたのだが、あいにく観音開きのそのドアはガッチリしまっていた。

別に知り合いがいないわけではない。
今でも連絡を取り合うB子もC美もすでに到着しているはずだ。
私は何を緊張しているんだ?
ドアを開けたらいつも通りに「やあやあ!」と手を振れば良いだけのこと。

軽く息を吸い込みその思いドアを開けると・・・びっくりするくらい誰もこちらなんて見ていなかった。
そりゃそうだ、自分が思う以上に人は他人に興味なんてないものなのだ。
緊張した自分が恥ずかしい。

友人たちとの再会

想像以上に広かったその会場には軽く100人を超える人が集まっており、おそらく教授であろう老人を中心にいくつかのグループに分かれて、皆楽しそうに談笑していた。

”どこかの輪に入る前にとりあえず飲み物・・・”とキョロキョロしていたら
華子!
とこちらに着飾ったB子とC美が小走りで寄ってきた。
実際に会うのは数年ぶりだったが、SNSでやりとりはしていたので、まるでしょっちゅう会っていたような錯覚を覚える。
久しぶり感ゼロだ。

遅かったね、待ってたよ!
ごめん、ちょっと寝坊しちゃってスタートが遅れちゃった
そう、でもちゃんと会えてよかった。○○とか△△もあそこにいるよ、後で話に行こう。
それにしても学生の時は垢抜けなかったのに、みんな綺麗になってるねー。XX教授もお元気そうでよかった。

社会人になってからの知り合いと違って、学生の頃からの友人はありがたい
徹夜明けでドロドロの顔をした私も知っているし、失恋から焼け酒をしベロベロに酔っぱらった私も知っている。
今更何も取り繕う必要がなく、一緒にいて気が楽なこの感覚、忘れていた。
準備なんかそこそこにさっさと来て、会話する時間を増やすべきだった。
日頃の忙しさから会う頻度が卒業して年々減っていってしまっていたが、私にとって彼女たちは必要な人、もっと大切にしなくちゃと再確認できた。

あっという間に時間は過ぎていき、会場を出なくてはいけない時が近づいてきた。
するとどこからともなく始まる写真撮影タイム。
仲が良かった子、お世話になった教授、元彼など、とにかく視界に入る人と皆写真を撮りまくっていた。
昔ながらのポーズを決める子や、年齢相応の落ち着きを見せ、品よく写真におさまる子など様々だったが、一人私の目を引く子がいた。

写真撮影がトラウマの子

ワイワイ集まる人の群れから離れ、手に持ったワイングラスを軽く揺らしつつ部屋の隅からその楽しそうな様子を観察していた、見覚えのある顔。
少し寂しげな表情のその子はD子だった。

彼女とは1年間同じ授業を取った事があり校内でも偶然会えば立ち話をする程度の仲だったが、友人かと聞かれればそれは違うかな?と答えるであろう微妙な関係だった。

彼女は私のことを覚えてくれているだろうか・・・
少し遠慮がちに彼女の方へ近づいてみると、にこっと笑顔を向けてくれたことに安堵し私は彼女の方へ歩いて行き話しかけてみた。

久しぶりーってもうお開きになっちゃうけど笑
久しぶりだね、元気?
うん、おかげさまで。やっぱりまだ写真撮影、苦手なんだね
その話覚えてるんだ!?すごい記憶力!

そう、彼女は昔から写真を撮られるのを極度に嫌がっていたのだ。
たいして親しかったわけではないD子を私がいまだに覚えているのはその印象が強かったせいだろう。

数十年前の学園祭の最終日。
打ち上げと称してお酒を飲みまくっていた私たちは、廊下の真ん中で足元をふらつかせながらも顔を寄せ合い写真を撮りまくっていた。
そこへ偶然通りがかったD子。
私は
D子ちゃんも記念に一枚撮ろうよー♪
と軽い感じで彼女の肩に手を回しカメラを持つ私の方へ引き寄せたのだが、私の予想に反して彼女はスッと身を翻したのだ。

ごめんね、私写真苦手で。

そう言い彼女はその場を立ち去ったのだが、”もしかしたらなんか傷つけちゃった???”と心配になった私は彼女の後を追い

なんか悪いことしちゃったみたいで、ごめん!

と謝った。
すると彼女は同窓会で浮かべていたのと同じ少し寂しそうな笑顔を浮かべ

違うの、本当に写真が苦手なだけなの。心配しないで、華子ちゃんは悪いことしてないから。

トラウマの原因

彼女の話によると、彼女のお母さんは元CA。
今はどうだか知らないけれど昔の”スチュワーデス”といえば、スタイルがよく背が高く、何よりずば抜けた美貌の持ち主の集団で、女性の憧れの代名詞だった。そしてもちろんD子の母親もご多分に漏れず、すれ違う人が振り向くほどの美人さんだったらしい。
ところが一流商社マン、且つ生粋のラガーマンのお父さんそっくりに生まれたD子は、お母さんはことあるごとに
「お父さんに似ちゃって残念」
「私に全然似ていない」

と言い、子供の頃のD子を写真に撮ることは滅多にしなかったそうだ。
D子曰く彼女の写真嫌いはこのせい。
自分の顔が好きではなく写真で自分を見るのも、みんなに見られるのも嫌だと。

その時は
そんなことないのに・・・
としか言えなかったのだが、そのトラウマが数十年経った今でも治っていないことに私は衝撃を受けた。
だって、お世辞抜きでD子はブスでもブサイクでもなんでもなかったから。
そりゃ誰もが振り向くような美人ではなかったかもしれないけど、ごくごく普通のお顔立ちなのに写真撮影があるごとに逃げ回り、きっと家にも思い出の写真たちなんて一枚もないのだろう。

私は言いようもない悲しさというか虚しさを覚えた。

きっと誰でも大なり小なりコンプレックスは持っている。
薄毛だとか太っているとかチビだとか。
でも、みんなそこまで気にすることなく楽しそうに生活しているのに・・・なんでD子はそんなに悲しそうなの?

>>以前記述したコンプレックスに関する記事も良かったどうぞ

トラウマに逃げてはいけない。自分で変えなくては。

みんな持っているトラウマをトラウマとして捉えるかどうか自分の気持ちの持ち方次第

例えば人より大きめの鼻を”鷲鼻”と捉えて忌み嫌うか”ハリウッド女優みたい”と捉えて誇りにするか
母親に子供の頃ひどいことを言われたとしてもそのことをいつまでも傷として引きずり続けるか、”きっと母親の虫の居所が悪かったのね、人間だもんそういうことあるよね”と忘れるか

自分の行動、気持ちの選択次第でその後の人生が明るい方向へ行くか暗い方向へ行くか、全く違ってくる。
人より大きめの鼻に生まれた、とかひどいことを言われた、という事実は変えられなくても自分の受け止め方一つで未来は変える事ができるはず。

学生の頃はD子の話を聞いて漠然とした悲しみしか覚えなかったのだが、今ならその理由がわかる。
D子は自分で自分を苦しめているのだ。

そんなの自分で変えられるよ!
私はブスなんかじゃないって思っていいんだよ!(事実そうだし)


そう彼女に言ってくれる人は彼女の周りにはいないのだろうか。
そしてその人の言葉を信じて自分を変える勇気を持つことはD子にはできないのだろうか。

遠くできゃあきゃあ言いながら写真撮影に夢中の友人たちを背に、私は自分の連絡先をD子に渡した。
良かったらこれからも時々連絡取ろうよ
メモを受け取るD子の笑顔が今までとは違って、心の底からのものに見えた。
きっと今後はD子のことをはっきりと友人ですと言えるようになるだろう。

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