年下の彼

行動

私の家にはよく “ボクちゃん” がいる。
彼は私よりずいぶんと若く、端正な顔立ちをした青年だ。

彼は自由奔放な性格で、一流の大学を出ているにも関わらずきちんとした職業にはつかず、バイトをして小金を貯めては旅に出て、また気が向いたらふらっと戻ってきては我が家に居座るという生活を送っている。

何事においても計算し尽くされた行動しか取れない几帳面な性格の私から見ると、こんな自由な生き方ができる彼が眩しく見えてたまらない。

あるいはもっと私が若い時、まだ学生時代に彼と出会っていたら私の生き方も大きく変わっていたのかもしれない。

しかし私にはもう今更そんな賭けに近い行動を取る勇気も体力もなく、彼が帰宅してから聞かせてくれるお土産話を楽しみにしつつ、出かけていく彼を見送るしかないのだ。

ここでこれを読んでいる人誰しもが抱くであろう疑問ね。
一体どういう関係なのよってこと。

一番最初の出会いは、仕事で私が彼のバイト先を訪れた時だ。
異常に人懐っこい彼はすぐに私に懐き、複数で食事に何度か行っているうちに仲良くなった。

私は彼をボクちゃんと呼び弟のように可愛がっていて、彼は私を姉のように頼りにしてくれているのだと思う。
収入が不安定な彼のために私はいつでも安心して戻ってこられよう、場所や食事を提供してあげる。
その代わりにと言ってはなんだけど、彼は他の人が見せてくれたことがないような人間の魅力をこれでもかと言うくらい見せつけてくれる。

どんなに理不尽な目にあっても、一瞬表情を曇らせるだけですぐに屈託のない笑顔に戻る彼。
少しでも私が疲れたり辛そうな顔をしているとすぐに察知して胸の中に飛び込んできて、子犬のようなキラキラした目で私の顔を覗き込み笑いかけてくれる。
傍から見ていると「無理でしょ」と一蹴してしまうような問題にも🐴-🦌かと疑ってしまうほどの全力で取り組むところ。

そんな彼を見ているだけで私は元気を貰えるのだ。
そして同時に大いに反省もする。
私ももっとマシな人間にならなければ、と。

私を都合よく使うことで彼がしたいことができるならそれでいいと心から思える、私の可愛いボクちゃん。
きっと彼みたいな人が、今の固定概念にがんじがらめになった日本を引っ張っていってくれるような人物になるのではないだろうかと、私は密かに思っている。

いつか私も人生一通りやり切ったかなと思える日が来たら、ボクちゃんに旅に連れて行ってもらおうかしら。
私の密かな老後の楽しみだ。

行動
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